ルミネのひとりごと

私ときどき母の近況

バンド練

昨年夏に友人が声かけてくれて、バンド復帰した。早いものでもう9ヶ月目だ。

13時から22時までだが、母が居た間は晩御飯休憩前で帰らせてもらってた。昼間はヘルパーさん入るから、それなら母が1人になる時間が少なくて済むしね。

 

でも今年に入って母が特養に入所できてからはフルタイムで参加できるようになった。

 

最初はなかなか体が戻らなかったし家で練習もあまりできなくて _| ̄|○ な感じだったけど、前回あたりから以前よりできる事が増えてきた。

 

やはり進歩したなと思えると嬉しいものだ。

 

もしかすると、今年9月か10月辺りにライヴやるかもしれん。

 

ふう、やっぱ疲れるな(^_^;)

徘徊

母の状態がまた悪くなった。

 

デイサービスから帰った後、少し目を離した隙に一人で外に出てしまった。

気づいて追いかけたが一階まで駆け下りても姿は見えない。

 

とにかく住宅の自転車置き場、駐車場を見たがいない。

敷地の外へ出たと思い、生垣の出口から外へ出る。走って裏に回ってみた。

 

居た! トコトコ歩いているのが見えた。

 

早く気づいてよかった。遠くに行っていたら見つけられなかったかもしれない。

 

方向音痴で甘えん坊の母が一人で出かけるはずがなかった。

理由を聞いても分からなかった。

 

これが「徘徊」というものなのか。

初めてのことだった。ショックであり心配が増大した。

 

これから、このようなことがしょっちゅう起こるのだろうか。

色々書き溜めようと

そう思っていたのに、それどころじゃなくなった。

 

まずは自分が体調を崩し、寝たきりになり、マジで死ぬかと思った。

なんとか回復はできたものの、今度は母がヤバくなってきた。今までできていたことの八割近くが突然できなくなり、私の話も理解しにくくなった。かろうじてまだ歩けるが足がダメになるのも時間の問題かも。

 

今日は内科の通院日だったので母と共に行ってきたが、主治医が急な弱りように少し驚いていた。

92歳の割に今までが元気すぎたのかもしれない。

 

主治医には近くに別居した方がいいと言われたが、私が出るとしても今の都営の名義変更はできまい。全て遅し。

特養はいつ順番が回ってくるか分からないが再び申し込むか…

 

以前申し込んだことがあるが、7年ほどで順番が回ってきたものの、本人は元気になってボランティアで歌手活動をしていたため入れずキャンセル。それからもう7年半が経っているからキャンセルしたとき申込みしなおせばよかったのか…

 

いや、んなことわかるわけない。

 

とにかく、簡単に別居できる状態でないのは確かだ。私が居られる場所なんて他にないんだから。

 

我慢するしかないな。老老介護に近くはあるが、そもそも病人が病人を看ているわけだからすんなり事が進むはずがない。

 

私も少し外に出て回復の道へ歩き出したところなのに、また全て取り上げられそうだ。バンド復帰したばかりなのに、やらせてくれよ…

声優の仕事を軌道に乗せるのはすぐには無理だ。やっと、近所で割と時間の短いスポットバイトが出た時は働きにいくが、そうそう都合のいい仕事があるわけでもない。

 

詰みか…

少数の声

少子化対策、高齢者対策、物価対策。全体的にみても解決急務な問題が山積している。

 

都議選が近いから毎日緊急車両が通らない日はないってくらい慌ただしいのに加え、選挙カーが通る。

 

我々障害者は少数だ。なかなか声は届かない。勿論全体的な問題だって我々に関係ないわけじゃない。しかし、障害者だからこそ困っていることはたくさんあるのだ。

 

元旦那に嫌われるまで住んでいたところは手厚かった。住んでいた時はそれでも生きにくいと思っていたのだが、とんでもなかった。

 

3年半ほど前、母と同居して驚いた。相談するところがない。

役所には障害福祉課があるが、相談する場所ではない。各種手続きをする場所でしかないのだ。

作業所は、人口が以前の住所地の倍近いのにひとつしかない。

就労支援事業所もなかった。つい最近一つできた。

 

正直、なんなんだここは…としか言いようがなかった。前居住地がいかに恵まれていたか、今になって思い知らされる。

通院するとき踏切を通るのだが、嫌な衝動に駆られそうになることがある。でもそこには「1人で悩まず話してみて」と電話番号が書いてあるいのちの電話の看板がある。

 

地元には相談どころか文句を言う場所もないじゃないか?

あくまで少数の声。

 

国会議員に言ったってダメ。地域格差があるなら地方議員に動いてもらうしかない。

病院などを通じていろんな障害者と顔見知りになった。話をしてみると、出るわ出るわ文句が。そりゃそうだ。私だって同じ気持ちだったのだから。

 

みんなが欲していることをノートにまとめてみた。切実だ。本人にとっても家族にとっても。

 

街頭演説している議員を捕まえては突っ込んでみるが、ほとんどが頭にないから即答できないし現状もわかってない。

 

前居住地では、なんと昔私の実家のそばに住んでいて、引っ越して行った人の息子が今度の都議会に新人で出ると聞いた。

なんで引っ越しちゃったんだよお。数年ぶりに会いに行った。

やはり地元のことはよくわかっている。頑張ってよ、応援するから。でないと私たちが困るんだから!

そう言って背中をぶっ叩いてきた。不満を期待に変えた力を込めて。

暑いんだけど… 再挑戦する

あーつい! 冬だと思ってたのに、春どこいった!?

まだ5月だってのに、なに30℃超えてんのさ。今年もまた災害が起こるのか?

 

都市伝説界隈では今年の予言などが大変なことになってるらしいが、犠牲者が出ることだけは避けたいね。

災害に対する備え。といっても、うちの場合は92の母がいるから、連れて避難とかはまず無理だ。自宅避難ならなんとか準備はしているが。

 

人災は勘弁してほしい。もういい加減武力紛争はやめてくれないかな。なぁ、プーさんよ。もうソ連時代には戻れないんだよ。

馬鹿な権力者のために苦しむのはいつも一国民だ。

 

私は、また仕事を始めるために訓練始めた。このまま終わってたまるもんか!

表現者として生ききってやる。

 

結局蛙の子は蛙ってわけだ。手法は違うが声を使う仕事である事には変わりない。

 

食料減らして中古のノーパソを手に入れ、機材も買い、弱った心肺機能と筋肉強化のため、トレーニング始めた。だが、痛めた腰と膝は普通にトレーニングできない。が、腹筋は命みたいなもんだから鍛えないわけにいかない。毎日座学と訓練と介護。かなりハードさ。

 

腹筋といえば元旦那といた時、電波時計が毎時受信する約2分間、旦那が腹筋トレの姿勢で頑張る、なんてことやってたな。楽しかったな、あの頃。

 

うーん、腹減った。今日は寝ちゃおう。おやすみぃ。

一月すっ飛ばした気がする

2025年到来!とか思ってたら、いつの間にか2月じゃないか。

つか、年末年始えらいことになったから振り回されて疲れ切ったことしか覚えていない。

 

全くもって、うちの母はろくでもないケアマネージャーに当たってしまったものだ。仕事ができないどころか、私の負担を増やしたり、利用施設とのトラブルの原因になったりして、本当に使えない!

 

私もやっと回復してきたから、包括に相談して、ケアマネを変えようと思う。今のケアマネがやってること、私ならもっと上手くやれると本気で思う。

 

そんな状態ながら、最近はお母さんの状態も落ち着いてきて良かったですねと、いけしゃあしゃあというのだから、どんな神経してるんだか。

その裏で私がどれだけ動いたと思ってるんだか、この人は!

 

マジ腹立つ! この一月を返せよ! 

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もう今年が終わる

都営に引っ越してはや半年。あっという間だった。

けど、すごい色んなことがあった。また傷を増やしてしまったし。

 

ここ一ヶ月、低空飛行なりに安定を保てて、ほんの少しの心の平和を感じられたが、年の瀬に来てぶち壊された。仕事のできない母のケアマネに。

 

やる気あんのか馬鹿野郎!!!!

 

お陰でまたジェットコースターの心のまま年を越さねばならない。毎日頭がクタクタになる。服薬量は増える。

もう決めた。ケアマネ変える!! 可能かどうかわからないが、私がこれ以上潰されては冗談じゃない。

 

明日は母が楽しく通っているデイサービスの年納め。一週間の冬休みになってしまうので、毎日早くデイが始まらないかなぁとこぼすことだろう。

 

巷では、デイサービスを嫌がる高齢者が多いと聞いているけど、不思議とうちの母はデイが楽しくて仕方ないらしい。

14年前、アルツハイマー認知症と診断され、間も無く92歳になるが、とてもお迎えはきそうにない。音大卒の歌手であったが、声はまだ衰えていない。流石に私もビックリ。大したものだと言わざるを得ない。

狭いアパートから広い都営に引っ越せて、さらに元気になってきた(笑)

 

父と元義母、元義父は亡くなってしまった。残るは母のみ。

母が逝ってしまったら、私は天涯孤独になる。肉親はおろか親戚もいない。

 

終活をちゃんとしておかないと、あちこちに迷惑をかけるだろう。

旦那と一緒に住んでいた地域はずいぶん良かったが、実家に戻って、ここってこんなに生きにくいとこだったのか?!と驚いたよ。

 

子育て支援はすごい力入れてる。当たり前のことだからいいのだが、我々障害者は肩身が狭すぎるし、相談する場所もほとんど無いに等しい。若い人向けの就労支援はある方だが、中年以上になるとね。就労は難しい、けど高齢者でもない。福祉の網に引っかからないんだよ。

 

母がいるから休養入院もできないし、かなり辛くはある。布団をかぶって一日中叫んでいることもある。

 

元旦那はどうしているだろう。元気かな。前向きな人だから、きっと諦めずに就活しているだろう。会いたいと思うこともしょっちゅうある。でもどの面下げて会うんだと嗜める自分もいる。

 

私にとっては最初で最後の夫。病も良くなり元気に幸せに過ごしてほしい。

良い年が迎えられますように。